伽の夜


あたしとおなじ顔たちを創って、それらにてきとうな名前をつけて、
お人形ごっこをしていた。
きみはしあわせになれる役だよ、きみはしあわせになれない役だよ、
今これを書いているのは幸せになれない役を与えられてしまったあたし。
ねこにえさをやる役のあたしが、さっきからにゃあにゃあうるさい。


時々こんなふうに、あの場所がものすごく遠くなる。
時々こんなふうに、なにもほんとうじゃないことを書いて落ち着きたくなる。
時々こんなふうに、きみのことが、まるでだいじじゃなくなる。


しあわせになれる役のあたしのことは、此処からは見えない。
与えられた環境と台詞で、しあわせにやっているんだろう。
書く必要もうたう必要も、なくて
ただ、綺麗で醜くて真っ直ぐで歪んで正しくて嘘だらけの世界を
馬鹿みたいに夢中で撮っているんだろう。
そして其処に居るひとが褒めてくれるんだろう。
きみの世界は素敵だって。


だけどそれはあのひとじゃない。
あのひとじゃないよ、あのひとはもう、いないよ。


たからものをまもる役のあたしが、ずっと泣いている。
まもりきれなかったから。
そのしあわせも、あたしたちのしあわせも。
ぜんぶ自分の所為だって言って、泣いている。
みんな、
「それは違うよ」
て言いたいけれど、何が違うのかわからないから言えないでいる。
何を見つけてあげれば喜ぶのかな。
ねえ、たからものはだいじょうぶだよ、まだまだまもれるよ。


「あのひとは今まで、あたしの何を見てきたんだとおもう?」
「わかってるようで何もわかってくれていなかったんだわ」
「あのひとにとってのあたしもきっと、そうね」


愛される役のあたしは、しあわせになれる役のあたしとは別人だった。
愛されない役のあたしは、しあわせになれない役のあたしとも違った。
愛される役のあたしは唯、愛されるだけで、
他に何も得ることはできなかった。
正しさも、ひかりも、うたも、なにも。
愛されない役のあたしは唯、愛されないだけで、
でも他のすべてを得ることができた。
正しさも、ひかりも、うたも、なにも、かも。


そして幸せになれる役のあたしはたったひとり、しあわせだけを貰っていた。
そこに愛も正しさも世界も何も無く、唯、しあわせだけが、其処にあった。


全部手に入らないなら手分けしてしまえば良いとおもったから、
たくさんの人形をつくったのに。
あたしたちは分かれたあとで、
もう二度と一緒にはなれないのだと気がついた。
そしてどこまでも人形のまま、
与えられた役目を果たすことしかできなくなった。


「あのひとはどのあたしを愛してくれたのだとおもう?」
「愛された覚えなんてこれっぽっちもないわよ」
「ほんとう?あたしたち、誰一人、愛してもらえなかったの?」


それはきっとあたしが、こんなふうにバラバラだから


だけどあたしたちは全員が、心から全部であのひとを愛したし、
しあわせになれる役のあたしだけは、あのひとに触れることもできた。

それでほかのみんなもすこしだけ、しあわせだった。
しあわせになれない役の、あたしでさえも。
しあわせだった。


「あたしたち全員を愛せるひとなんているのかしら?」
「愛されない役のあたしがいる限りは無理ね」
「消すの?」
「消されてしまうの?」


「ちがうよ、あたしたちがバラバラでいる限り無理なのよ」
「ひとつになれたら」
「ひとつに」

どうやって。


考える役のあたしは、泣きながらわからないと叫ぶ。
うたう役のあたしがずっと、哀しいうたばかりうたっている。
愛される役のあたしは、斃れたままで動かない。
愛されない役のあたしが、突き刺さる暴言を受け止めつづけている。
ねこにえさをやる役のあたしは、えさを買いに行ったきり帰ってこない。
たからものをまもる役のあたしは、
たからものを抱き締めたまま、今も泣いている。

そして
しあわせになれる役のあたしはここ何日か、見当たらない。
しあわせになれない役のあたしは、こうしてずっと書き続ける。


ずっとバラバラ。
もうずっと、ずっと、みんな。

そうして呟くのだ、祈るのだ、そのように行動するのだ。
愛される役のあたしだけでいいから、愛して欲しいって。


そうしてしあわせになれない役のあたしはいつまでもずっと
しあわせになれないままで、書き続ける。
ちいさないちさなしあわせだけを頼りに。ずっと。
しあわせになりたかったことと、しあわせになれないことと、
だけどしあわせだと言うことを、世界が動きつづけるかぎり、


ずっと。